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名古屋高等裁判所金沢支部 昭和27年(う)343号 判決 1953年2月19日

控訴人 被告人 村山勝次郎 外一名

弁護人 岩上勇二 外三名

検察官 宮崎与清

主文

原判決中各被告人の有罪部分を破棄する。

被告人村山勝次郎同野村良雄を各懲役一年に処する。

但し被告人両名に対し本裁判確定の日からそれぞれ三年間右刑の執行を猶予する。

被告人村山勝次郎に関し押収にかかる昭和二十四年度土木費河川費と題する書類綴一冊(証第十号)中昭和二十四年九月二十一日附中村憲弥より石川県知事柴野和喜雄宛金五千九百四十円の請求書(同書末尾記載の技師三浦憲六作成名義の証明部分を含む)及び同日附中村憲弥より前同知事宛金一万二千九百六十円の請求書(同書末尾記載の技師三浦憲六作成名義の証明部分を含む)の各虚偽公文書作成部分はこれを没収する。同被告人に関し右書類綴一冊(証第十号)中昭和二十四年十月二十四日附上田俊雄より前同知事宛金一万八千九百円の請求書(同書末尾記載の技師川谷孝一の証明部分を含む)、同日附上田俊雄より前同知事宛金三千四百二十円の請求書(同書末尾記載の技師川谷孝一作成名義の証明部分を含む)及び同年十一月三十日附下村与一より前同知事宛金一万八千円の請求書(同書末尾記載の技師川谷孝一作成名義の証明部分を含む)中の各虚偽公文書作成部分はいずれもこれを没収する。

被告人野村良雄に関し押収にかかる支払命令綴一冊(証第九号)中昭和二十三年度歳出第六六号、同第四七五号の支払命令各一通中の各虚偽公文書作成部分はいずれもこれを没収する。

原審訴訟費用中証人藤沢進、山岡茂、萩原保之、谷島重治(昭和二十六年十一月十九日出頭分)に各支給した分は被告人両名と原審相被告人浅井秀男との連帯負担とし、証人東野孝一、三浦憲六(昭和二十五年十二月六日及び昭和二十六年十月十五日各出頭分)並に鈴木邦彦に各支給した分は被告人村山勝次郎と原審相被告人浅井秀男との連帯負担とし、証人谷島重治(昭和二十六年一月十日出頭分)並に岡田タキ、井上幸一に各支給した分は被告人野村良雄と原審相被告人浅井秀男との連帯負担とし、証人小泉栄作、金子一郎、中田金助、蘇馬幸次(昭和二十六年二月七日及び同年四月四日各出頭分)並に加藤光、木下弘、島崎雅彦に各支給した分は被告人野村良雄の負担とする。

理由

被告人村山勝次郎の弁護人村沢義二郎、同塚本助次郎の論旨は両弁護人連名の昭和二十七年九月十四日附及び塚本弁護人名義の同年九月十一日附各控訴趣意書に記載する通りであり、

被告人野村良雄の弁護人村沢義二郎、同岩上勇二の論旨は両弁護人連名の昭和二十七年九月七日附、同年九月八日附及び同年九月十日附の各第一乃至第三控訴趣意書並に同被告人の弁護人田中一郎の同年六月三十日附控訴趣意書に各記載する通りであるからそれぞれ之を引用する。

一、被告人村山に対する村沢、塚本両弁護人連名の控訴趣意書中事実誤認第一記載の論旨並に塚本弁護人名義の控訴趣意書第一点記載の論旨について。

原判決は先づその判示第一の(一)の(イ)として被告人村山勝次郎は昭和二十四年九月頃石川県土木部河港課に於て河川調査及びこれに対する出役人夫賃請求に対しその事実を証明する権限を有する右河港課員三浦憲六と共謀し河原田川を河川調査した事実及びこれに対し人夫を出役させた事実がないのに判示(A)の(1) (2) の如く二回に亙り中村憲弥作成名義の石川県知事柴野和喜夫宛内容虚偽の人夫賃請求書、同書附属書類である中村憲弥外五名作成名義の委任状並に技師三浦憲六作成名義の人夫出役報告と題する書面各一通宛を順次作成した上、行使の目的で右各人夫賃請求書の末尾に「前記の通り使役したことを証明する技師三浦憲六」と朱書しその名下に「三浦」と刻印しある認印を押捺して同人の職務に関し前記虚偽の人夫賃請求書を正当なものと認証しもつて技師三浦憲六作成名義の虚偽内容の公文書各一通をそれぞれ偽造し判示(B)の如くその頃前記河港課において右偽造公文書二通にそれぞれ被告人村山の確認の印を押捺して前記人夫賃請求書二通が真正に成立したものの様に装いその情を知らない同県土木部監理課係員を通じ同県出納部において同県副出納部において同県副出納長府玻昌円に対しこれを一括提出行使し同副出納長をして石川県庁内北国銀行石川県本金庫係員森隼人に前記各請求書記載金額の支払を命ぜしめもつて前掲県の各係員及び県本金庫係員をして順次その旨誤信せしめ因つて同月三十日頃石川県庁内の前記北国銀行石川県本金庫出張所で前記係員森隼人より現金合計一万七千八百五十円を前記中村憲弥に交付させてこれを騙取した旨の事実を認定判示した。そして同判決は右被告人の所為が詐欺罪を構成しない旨の原審弁護人の主張に対する判断において「第六回公判調書中証人上田俊雄の供述記載、証人上田俊雄、同三浦憲六の当公廷における供述、被告人村山勝次郎の当公廷における供述を綜合すると石川県土木部河港課に於て昭和二十四年九月頃管下犀川の桜橋下流附近の河川調査の為富士建設株式会社員中村憲弥外五名の人夫を使役したが該調査費として定められた予算がなかつた為被告人村山が予算上多少余裕のあつた河原田川調査費からこれが支払を為す為め同所担任技師三浦憲六と共謀の上判示第一の(一)の(イ)の所為を為したものであつて、該金員が中村憲弥外五名に支払われたことは認められるのであるが右中村憲弥外五名は河原田川調査の為、出役したことがないことは判示認定の如くである。従つて前記中村憲弥外五名において河原田川河川調査の為め出役した人夫賃を請求すべき権利がないことは明白であるから河原田川河川調査の為出役した人夫賃として受領した前示第一の(一)の(イ)による金員は不当な金員を受領したことになる。尤も右説示したことは中村憲弥外五名が犀川の桜橋下流附近の河川調査に人夫として出役した人夫賃の請求権を有していたことを否定する趣旨ではないのである。しかして被告人村山は前記中村憲弥外五名を財産上不法に利得せしめたものであり、不法領得の意思があつたことは明白である」旨判示しているのである。

然しながら中村憲弥外五名が右判示のように、真実石川県河港課の事業である管下犀川の桜橋下流附近の河川調査に使役せられ、石川県に対し原判示金額の人夫賃債権を有し、同債権に対する弁済として判示金額が判示債権者に支払われたものである以上、たとい県の担当係員に於てその支払の手段として予算支出の形式的考慮から右人夫賃の請求書並にこれに対する認証書に判示河原田川の河川調査に使役した人夫賃なる如く虚偽の事実を記載し、これに基き判示係員をして判示の支払手続を取らしめたからと云つてこれにより判示債権者をして判示金員を不法に利得せしめたものと云うことは出来ない。即ち右債権者が石川県河港課の正常な業務に使役せられた合法的な人夫賃債権を有し、石川県がこれに対し当然弁済の責務を負担しているものである限り、その弁済の手続の為め執られる県係員の作成文書において当該債権の発生原因たる労務の給付場所について予算上の考慮から事実と異る河川が記載せられ、これに基く県予算の支出により右債権額の弁済を受けたとしても債権者において右県係員の行為による何らの不法な利得を得る筋はない。債権者の受ける利益は単に同人の県に対し正当に有する債権額に相当する金額であり且つ同人の意思は正に同金額を右債権の弁済として受けることにあるからである。従つて右弁済の方法として判示虚偽内容の公文書を作成行使した被告人村山は同所為につき公文書偽造行使の罪は免れ難いけれども判示中村憲弥外五名を不法に利得せしめる領得の犯意を有すべき筋合がないものと云わなければならない。然るに原判決が前記のような理由の下に判示第一の(一)の(イ)において被告人村山の判示所為に公文書偽造行使の罪の外に詐欺罪の事実を認定したのは罪となる事実を誤認したものであり同事実は判決に影響を及ぼすことはもちろんであるから、破棄を免れない。

右弁護人らのこの点の論旨は理由がある。

次いで弁護人は原判決第一の全事実について、被告人村山勝次郎の所為は行政上の職務執行につき必要な予算流用の適法行為であり不法領得の意思なく犯罪は成立しないと主張する。右の内判示第一の(一)の(イ)の詐欺の事実に関し不法領得の意思のないことを既に説示したから、ここでは同事実を除外したその余の事実につき論旨に解答することにする。

原判決挙示の関係証拠を綜合すれば被告人村山勝次郎は原審相被告人浅井秀男と共謀の上同人らの勤務する石川県河港課において職務上交渉のある建設省又は運輸省などの監督指導官庁の職員を饗応する接待費を予算外に捻出する為め、判示第一の(一)の(ロ)並に同(ニ)、記載の如く判示各虚偽内容の人夫賃請求書、同附属書類としての委任状、人夫出役報告書をそれぞれ課員に命じて作成させ、人夫出役の事実を証明する権限のある判示石川県技師川谷孝一に依頼して同人作成名義の証明文書を右人夫賃請求書の末尾に朱書して署名捺印させもつて同人の職務に関し判示の如き内容虚偽の各公文書をそれぞれ偽造した上これを同県土木部監理課員を通じ同県副出納長府玻昌圓に提出行使し同人をして判示県本金庫係員に対し右各請求書記載金額の支払を命ぜしめ、もつて前記県並に県金庫係員を順次欺罔して判示各日時判示各金員を判示金庫係員より原審相被告人浅井秀男又は判示川谷孝一の手に交付せしめ、よつて其の金員を被告人らの支配に移した上前記中央官庁職員の饗応費に充当費消した事実が認められる。

そこで右のような県職員が職務上の饗応費を予算外に使用する為め架空の人夫賃債権を捏造してその請求に必要な判示偽造文書を作成行使し、出納員その他を欺罔して所期の金員を県歳出予算の当該科目から支出せしめこれを自己の支配内に帰属せしめる行為が、弁護人所論のように職務上の必要行為に随伴する適法な行為であり、不法領得の性質を具備しないものであるか否かを検討するに原審証人府玻昌圓、谷島重治、山岡茂らの各証言によると地方自治体において所管行政事務関に係ある中央行政官庁の職員に対し事務上の接渉を為すに当り饗応、土産物を為す風習があり、石川県においても各場合の事情に応じ接待の方法場所金額等を具体的に考慮し適当な限度において行う接待費の支出が許容せられており右経費に宛てる為め昭和二十四年度の歳出予算において事務連絡費の科目が設けられていた事実、右経費の支出並に予算科目の流用については知事の委任を受けた県総務部長の監督並に承認を受けることを要する事実被告人らの判示接待費の支出は何ら右権限ある上司の監督上の措置を受けることなく、ほしいままな被告人らの越権行為によつて予算科目の不法流用にかかる事実が認定される。そしてここに予算科目の流用と云うことの合法的な意味は権限ある機関の指示又は承認或は議決により予算上甲科目の計上金額を乙科目又は新設科目の金額に組み替えることを云い、甲科目の計上金額を他の科目又は予算に計上せられていない他の用途に使用する為め支出用途を詐つた虚偽内容の公文書を作成行使し所要の金額を右甲科目から支出せしめることは正当な予算流用の観念に属しないことは条理上当然であると云わなければならない。右の通り被告人村山の前記所為は公共団体たる地方自治体の予算並に職制上の秩序を破壊し、公費を濫用する不法な目的を具備する違法行為であることは明かであるから、これをもつて職務行為に随伴する適法行為であり不法領得の犯意がないとする弁護人所論は到底採用し難い。故に原判決が被告人村山の前記所為につき判示公文書偽造行使詐欺の各違法性を認めたのは正当であり論旨は理由がない。

二、右両弁護人連名の控訴趣意書中事実誤認第二記載の論旨について。

本論旨は原判決が被告人村山に対する判示第一の各犯罪事実を認定するに当り同被告人が石川県本金庫係員森隼人を欺罔して各判示金員を騙取した旨判示しているが、現金を判示の如く交付した森隼人は何ら欺罔されておらないと云いその根拠として石川県出納手続に関する同県会計規則の諸規定を援用するものである。よつて証第十号会計規則の諸規定を綜合し石川県歳出予算の実行に関する県本庁諸機関の権限と職責並に県本庁における予算の支出及び現金払渡の手続を要約して述べると次の通りである。

知事は県予算の支出権を有する最高の機関であつて同支出の権限を県出納長に対する支出命令の形式をもつて行使する。同支出命令は文書により受取人の氏名、目的、金額、科目、年度等必要事項を記載して為されなければならない。

次に県出納長は知事の右文書による支出命令を受けこれに基き県金庫に対し支払命令を発する権限を有する。右支払命令は文書により受取人の氏名、金額、会計年度、番号、発行年月日その他必要事項を記載して為されなければならない。尚お出納長は県金庫に対し右支払命令を発すると同時に債権者に対し支払通知書を作成交付する義務があり同通知書には前記支払命令書の記載要件と同一事項を記載しなければならない。もつとも県本庁払のものについては債権者に対する右支払通知書の交付義務が出納長の裁量により免除される。

尚お、出納長が右支払命令書及び支払通知書を発行するにつき為すべき行為として規則第十三条は「出納長が知事の支出命令を受けたときは支払命令書及び支払通知書を発行する前に左の事項を審査しなければならない。一、予算に定めた目的に違うことはないか、又は予算額を超過することはないか。二、法令に違うことはないか。三、正当にして必要なものであるか。四、金額、所属年度及び支出科目に誤りがないか。五、その他必要と認めた事項」と規定し、県出納長の予算支出に対する審査の職責を定めている。

次に県金庫は規則第十二条に基く出納長の支払命令を受けて現金の支払を為す職務を有するものであるがその支払につき県金庫の為すべき行為として規則第四十四条は「県金庫は第十四条の規定による支払通知書を持参したものにつきこれを調査し支払通知書と引換に現金の払渡をしなければならない。但し調査の結果左の各号の一に該当するものがあるときは、これが支払を停止することができる。一、支払命令書が到着しないとき。二、支払命令書が支払通知書と符号しないとき。三、支払命令書又は支払通知書の印鑑が出納長、副出納長から送付した印鑑と符合しないとき。四、金額を改ざんした疑いがあるとき。五、汚損して金額等が不明瞭のとき。六、支払の有効期間を経過したものであるとき。」と規定し県金庫の現金払渡についての調査の職責を定めている。

そこで弁護人は右の県出納長の職責を規定する規則第十三条の規定内容と、県金庫の職責を規定する規則第四十四条の規定内容の両者を比照した上前者の職務権限が予算支出の合不法及び当不当に関する広汎な実質的審査権であるに反し、後者の職務権限は極めて限られた形式的事項の調査権に過ぎないから、県会計規則は予算支出の合法性と適法性の審査を挙げて出納長に一任し県金庫には単に右形式的な調査のみを為しこれに該当しないときは必ず現金の払渡を為すべき義務を負わしめたものであり、従つて県金庫は出納長の発する支払命令が実質的に不法違法の支払を命ずるものであつても、これを審査して支払を停止する権利を有しないから右違法な支払命令に基き金員を払い渡すことがあつても、それは県金庫当然の義務の履行であつて被欺罔の観念を容れる余地がない旨を論ずるのである。

よつて右両条を比照して考察すると県出納長は予算支出の合法性並に適法性のみならずその妥当性に至るまで広汎な範囲の審査権限を与えられているに反し第四十四条により県金庫に与えられたものは同条各号の極めて形式的な事項についての調査権並に支払拒絶権に過ぎないことは同条の文理から見て首肯せられるところであるが、だからと云つて県金庫は同条各号に規定せられる事由に該当しないものについては如何なる場合にも支払通知書と引替に現金の払渡しを為すことを機械的に強制されるものと即断することは出来ない。蓋し若しそうでないとすると、出納長の支払命令が架空の債務に対する違法な支払を命ずるものであり債権者として記載せられたものが仮装の権利者に過ぎない場合、又は支払通知書の持参人が、同書面に受取人として記載せられた真正の権利者の権利を侵害して支払を請求する場合その他これらに類する不法な支払請求の場合において偶々その情を知り又はこれに疑を持つ県金庫係員がその支払を拒もうとしてもこれらの事由は前記第四十四条各号の一に該当しない理由でその意思に反して支払を強制されることになり、この結果は吾々の有する社会通念並に信義誠実の原則に反するからである。故に県金庫の調査権並に支払拒絶権を規定する規則第四十四条は支払の許されない、不正請求のあらゆる場合を閉鎖的に規定したものと解すべきではなく、支払の許されない各種の請求のうち、書面上の記載など外形自体に瑕疵を有し最も簡易に発見しうる請求のみを取り上げて列挙し県金庫の現金支払事務の通例の基準を示したものに過ぎないと云うべきである。ここで県本金庫の組織、地位、性質、任務などを原審に於て証拠として提出せられ、記録第一七二八丁に編綴されている石川県金庫事務取扱に関する契約書と題する書面並に原審において現われたこの点の関係証人の証書を綜合して探究して見ると、石川県本金庫は石川県知事と株式会社北国銀行頭取との間に締結された石川県金庫事務取扱に関する契約に基き県公金の保管並にその収支に関する現金の受払を掌ることを委託された右株式会社北国銀行によつて設置、運営せられる県現金の出納機関であつて県庁所在地に本金庫が、地方事務所所在地及び知事の指定する地に支金庫が置かれる。そして金庫事務の処理は県会計手続の諸規程及び知事の指揮命令に服することを要し、県金庫の責に帰すべき事由により保管金及び定期予金に損害を生じた場合は損害の全部を県に賠償する責に任ずるものとされていることが分る。して見ると県金庫はその職務として県出納長の支払命令を受けて現金払渡の事務を遂行するに当つても、民法上の受任者たる地位に基く善良な管理者の注意義務を負担するものであることは当然であるから、出納長の発した支払命令が県公金の不正支出を目的とする県職員の違法行為に基くものであることを知り、又は善良な管理者の注意義務をもつてすればこれを知り得たのに拘らず不注意をもつてこれを看過して現金の払渡をした場合には前記金庫事務取扱に関する契約に基く損害賠償の責任を免れ得ないことは疑いがないと云わなければならない。そうとすれば県金庫は県公金の不法支出に対し現金払渡の責任者としての立場から支払拒絶権をもつて対抗すべき法律上の利益を有するものであり、この権利を否定することは県金庫の受託者としての地位を抹殺するに等しいものと云わなければならないのである。もつとも前掲会計規則は予算支出の規律として支出命令権を知事に、支払命令権を出納長に、それぞれ分掌せしめ各機関の職務権限を上下の序列に配分しており、殊に出納長に対し前記の如く広汎な範囲の支出審査権を与えているので、職務序列の末端に位し現金払渡の事務を執行するに過ぎない県金庫は通例の事務取扱としては右上級機関の行為に信頼して事務を処理することで善良な管理者の義務を尽すに事足り一々上級機関の命令の性質を疑いこれを調査することにすれば却つて会計事務延いては県全般の行政事務の秩序並に運営を阻害することになる。ここに前記会計規則第四十四条をもつて県金庫が通例現金の払渡に際し守らなければならない事務処理の基準として同条各号のような極めて形式的な調査並に支払停止事項を規定した理由があるのであるが、しかしこの事の故をもつて県金庫が違法不正な職員の不正支出に対し県委託事務の善良な管理者として亦、信義誠実の原則と正しい社会通念に立脚する行動の義務を負う事業体として有すべきものとされた前掲支払拒絶権の成否に何らかの影響があるものと誤解してはならないことは云うまでもないことである。

以上の通りであるから弁護人の前記論旨の当らないことは明白である。而して本件においては先に説示した通り被告人村山の原判示第一の(一)の(ロ)同第一の(二)の各所為は県公金の不当な流用を目的とし、職権を濫用して文書を偽造することにより県に対する架空の人夫賃債権を捏造しこれにより判示職員らを欺罔して判示虚偽債権を記載した支払命令を発せしめ、判示金庫係員をして同支払命令書記載の金額が同書面に受取人として記載された者の有する真正な債権の弁済金であつて且つ同人に交付されるものであると誤信させ判示金額を自己に領得したものであり、右所為は原判決の判示の如く公文書偽造行使詐欺の罪を構成することは明かである。よつて原判決には所論のような事実誤認はなく論旨は理由がない。

三、塚本弁護人の控訴趣意書中論旨第二点について。

本論旨の要点は村山被告人の本件行為は河港課技術吏員として課長老田務の命のままに職務上の義務を遂行したのに過ぎない。又県の職員として自己の職務を行う者がその職務に関して他の県職員を欺罔し其の職権に属する県公金の支出行為を為さしめたとしても詐欺罪が成立する理由がない。何故ならば、欺罔した者も、された者もいずれも同一の人格である県の機関であるから、機関が機関を欺罔することは自己が自己を欺罔すると云うことと同様に法律上成り立ち得ないことだからであるという趣旨である。しかし被告人村山の本件所為はその職務に関する正当な権限内の行為ではなく、自己の職権を越えた違法行為であつて前記犯罪を構成するものであることは既に説示した通りである。故に原審共同被告人として原審で無罪となり判決の確定した所論老田務が課長として本件所為を被告人に命令したものと仮定しても上司が犯罪行為を下僚に命ずる権限がないから下僚においてその命令に服従することは職務上の義務の遂行とはならず、従つて犯罪の成立に何らの影響を及ぼすものではない。

又、被告人の本件行為は正当な職務上の権限行為でないから県の機関としての合法的な地位に基く行為とはならず従つて右機関を構成する個人の自然人としての行為に過ぎない。故に同行為によつて県の機関たる判示職員を欺罔して同職員の職権内の行為を利用し、もつて判示金員を自己に領得する所為につき詐欺罪の成立を認定することは何ら所論のような矛盾を犯すものではなく所論は全然理由がない。

四、被告人野村良雄の弁護人村沢義二郎及び岩上勇二連名の控訴趣意書第一記載の論旨について。

しかし原審挙示の証拠によれば、被告人野村は原審相被告人浅井秀男と謀り又は謀らずに原判示第二の(一)(二)(三)記載のように、石川県庁の出先機関である同県江沼郡大聖寺町所在大聖寺土木出張所の長として同出張所に配布令達された石川県土木費予算中から同所々管の土木工事に使役する人夫賃等の支出を命ずる権限をもつ小泉直二、並に同支出命令に因り命令にかかる金員の支払を右同町所在の株式会社北国銀行内に設置されている石川県支金庫に対し命令する権限をもつ右出張所庶務主任兼石川県出納員串村俊吉と意思を通じ相共謀して、被告人らの勤務する県本庁河港課において上級監督官庁の職員を饗応するに要し又は要した、接待費を予算外に捻出する為め、右小泉直二並に串村俊吉をしてその有する前記職権を濫用せしめ原判示架空の人夫賃債権の支払を仮装する内容虚偽の公文書である支払命令書並に支払通知書を偽造行使し、判示県大聖寺支金庫の係員を判示の如く欺罔し、もつて人夫賃支払名下に判示金員を自己らに領得した行為を認定するに十分である。

弁護人は被告人野村が判示金員を大聖寺土木出張所に対する令達予算中から捻出する依頼をしたのみで、其の手段方法について何ら実行行為者たる前記小泉及び串村と通謀したことなく従つて同人らの実行行為につき罪責を負担する理由はないと論ずるのであるが、原審挙示の証拠によれば被告人が右小泉並に串村に対し判示金員の捻出方を依頼する際同金員は右出張所配布の予算費目中人夫賃より支出する外ない事情を十分に認識していた事実を肯定するに足る。然らば、かかる事情を認識した以上その支出方法として判示虚偽内容を記載する支払命令を作成行使し判示支金庫係員を欺罔する手段に訴えるべきことも亦多年県土木吏員として予算支出の方法に明るい被告人の当然認識した事実であると云わなければならないから、ここに実行行為者との間に犯意の連絡が成立したものと云うべきである。よつて被告人は本件実行行為につき共犯の責任を負うべきは当然であり、論旨は理由がない。

五、右両弁護人連名の控訴趣意書第二記載の論旨については同論旨は被告人村山勝次郎の弁護人として提出された前記二の控訴趣意書記載の論旨と全く同一であるから、そこに示した当裁判所の判断をそのままここに引用し再説しない。

六、右両弁護人連名の控訴趣意書第三記載の論旨並に弁護人田中一郎の論旨について。

本各論旨は被告人野村良雄に対する原判決の量刑不当を論ずるものである。

よつて記録を精査し同被告人の犯情を観察するところ、所論の如く本件所為の動機事情には諸般の行政上の悪習と吏僚一般の綱紀の頽廃が背景を為すものであり、被告人個人を処罰するのみでは右弊風の是正は如何ともし難く、これが刷新は政治、行政上の一大改革に待つ外はないと認められる点及び同被告人と記録上何ら犯情において差違の認められない原審相被告人浅井秀男並に当審相被告人村山勝次郎に対し原審において既に執行猶予を与えていることについての刑均衡の点を考慮し、被告人野村に対しても刑の執行を猶予するのを相当としこの点において同被告人に対する原審量刑は過重として判決の破棄を免れない。論旨は理由がある。

七、以上説示の次第であるから被告人両名に対する原判決は被告人村山について同判決第一の(一)の(イ)の(B)の事実について事実誤認の違法があり、被告人野村について、量刑不当の違法がありいづれも判決に影響を及ぼすので刑事訴訟法第三百九十七条第四百条但書により原判決を破棄し当審において被告事件について次の通り判決する。

原判決が挙示の証拠により認めた事実中判示第一の(一)の(イ)の(B)記載の詐欺の点を除くその余の事実に左の通り法律を適用する。

判決第一記載の被告人村山の判示所為中判示(一)(イ)(A)の(1) (2) の各虚偽公文書作成の点は刑法第百五十六条、第百五十五条第一項、第六十五条第一項、第六十条に、判示(一)(ロ)(A)の(1) (2) 並に(二)の各虚偽公文書作成の点は刑法第百五十六条、第百五十五条第一項、第六十条に判示(一)(イ)(B)、(一)(ロ)(B)、及び(二)の各虚偽公文書行使の点は刑法第百五十八条第一項、第百五十六条、第百五十五条第一項、第六十条に、判示(一)(ロ)(B)並に(二)の各詐欺の点は刑法第二百四十六条第一項、第六十条に該当するところ判示(一)(イ)(B)並に(一)(ロ)(B)の各虚偽公文書行使は何れも二通の文書を一括行使したものであるから一個の行為で二個の罪名に触れ、又判示(一)(イ)の各虚偽公文書作成と同行使、判示(一)(ロ)並に(二)の各虚偽公文書作成、同行使、詐欺の間にはそれぞれ順次手段結果の関係があるので判示(一)(イ)並に(一)(ロ)の所為については各同法第五十四条第一項前段並に後段、第十条により同(二)の所為については同法第五十四条第一項後段、第十条により夫々刑期並に犯情の重い判示(一)(イ)(A)の(2) (一)(ロ)(A)(1) 、及び(二)の各虚偽公文書行使の罪の刑に従い、以上は同法第四十五条前段の併合罪であるから同法第四十七条本文、第十条により其の中最も犯情の重い判示(一)(ロ)(A)(1) の虚偽公文書行使の罪の刑に法定の加重を為した刑期範囲内で同被告人を主文の刑に処する。

次に判決第二記載の被告人野村の所為中、判示(一)の別表(一)の(1) (2) 、判示(二)の(イ)(ロ)、判示(三)の(イ)(ロ)の各虚偽公文書作成の点は刑法第百五十六条、第百五十五条第一項、第六十五条第一項、第六十条に、右各項の虚偽公文書行使の点は刑法第百五十八条第一項、第百五十六条、第百五十五条第一項、第六十条に、判示(一)の別表(二)の(1) 、(2) 、判示(二)(ハ)、判示(三)(ハ)の各詐欺の点は刑法第二百四十六条第一項、第六十条にそれぞれ該当するところ、判示(一)の別表(一)並に(二)の各(1) 及び(2) 、判示(二)並に(三)の各虚偽公文書作成、同行使、詐欺の点は夫々その間順次手段結果の関係にあるので同法第五十四条第一項後段、第十条を適用し、それぞれ刑期及び犯情重いと認める判示(一)の別表(一)(1) 、判示(一)の別表(一)(2) 、判示(二)(イ)、判示(三)(イ)の各虚偽公文書行使罪の刑に従い、以上は同法第四十五条前段の併合罪であるので同法第四十七条本文、第十条により其の中犯情最も重い判示(一)の別表(一)(2) 虚偽公文書行使罪の刑に法定の加重をした刑期範囲内で同被告人を主文の刑に処する。

而して情状により被告人両名に対し刑の執行を猶予するのを相当と認め刑法第二十五条を適用して主文の期間当該刑の執行を猶予し主文掲記の押収物中虚偽記載の部分は判示虚偽公文書作成の所為によつて生じ且つ判示虚偽公文書行使の所為で組成したもので何人の所有をも許されないから同法第十九条第一項第三号第一号第二項によりこれを没収し、原審において生じた訴訟費用の負担を刑事訴訟法第百八十一条第一項、第八十二条により主文の通り定める。

被告人村山勝次郎に対する公訴事実のうち、原判決第一の(一)の(イ)の(B)記載の詐欺の点の罪とならないことは前記の通りであるから刑事訴訟法第三百三十六条前段により無罪を言渡すべきであるが、同所為は原判決第一の(一)の(A)記載の各虚偽公文書記載同行使の罪の牽連犯として起訴されたものであることは明白であるから特に主文において無罪の言渡をしない。

そこで主文の通り判決する。

(裁判長判事 吉村国作 判事 小山市次 判事 沢田哲夫)

弁護人岩上勇二外一名の控訴趣意

第一事実ノ誤認(法令ノ誤解)

一、原判決ハ理由(罪トナルベキ事実)第二ニ被告人野村ハ小泉直二及ビ串村俊吉等ト互ニ意志相通ジ共謀ノ上(イ)虚偽ノ公文書ヲ作成シ(ロ)コレヲ行使シ以テ(ハ)金員ヲ騙取シタ旨ヲ判示シタノデアルガコレハ事実ノ重大ナ誤認デアツテ野村ハ小泉、串村ト共謀シタコトハナイ。右(イ)(ロ)(ハ)ヲ行ツタモノハ串村乃至小泉デアツテ野村ガ右串村等ノ行為ニ対シテ有ツタ関連ハ法律上コレヲ共謀ト判断スベキデハナイ。

二、記録ニヨレバ、第四回公判ニ於テ小泉直吉ハ次ノ様ニ証言シテ居ル(三一〇丁)問 土木部ノ方カラ金ノ心配ヲシテ呉レト言フコトデ金員ノ捻出方ヲ大聖寺土木出張所ニ要求サレタコトハナイカ 答 アリマス 問 其ノ要求ニ応ジテ大聖寺土木出張所デハ県土木部ノタメニ金員ヲ出シタコトガアルカ 答 アリマス 問 主トシテドンナ予算ノ項目カラ出シタノカ 答 ソノ様ナコトハ出納員ガシテ居ルノデ私ハ詳シイコトハ知リマセヌ(二一一丁) 問 大体ドノ項目カラ出シテ居ルノカ判ラナイカ 答 ソノ時ニヨツテ違イマスガ、河港課ナラバ船舶ノ借上費トカ監督費カラデス 即チ小泉ノ言フトコロニヨレバ、土木部ノ方カラ金ノ心配ヲシテ呉レト言フ要求ガアツタノデコレニ応ジタニ過ギタト云フダケノ事デアツテ、如何ナル金ヲ如何ナル方法ヲ以テ支出スルカハ小泉モ詳シクハ知ラズ況ンヤ土木部ノ方デハ全ク知ラナイノデアル。被告人野村ハ昭和二十五年九月二十九日付上申書ヲ以テ「小泉、串村、清水等ガ具体的ニドンナ方法デ左様ナ金ヲ捻出シタカハ判リマセヌ」ト述ベテ居ルノト対比シ、真実ハ小泉ノ言フガ如ク只金ノ心配ヲシテ呉レト言フ要求がアツタダケデアツテ、尓後大聖寺ノ出張所ニ於テ具体的ニ如何ナル方法デ金ガ作ラレタカハ野村等ノ全ク知ラナイ所デアル。串村ハ第四回公判ニ於テ次ノ通リ証言シテ居ル(二五五丁) 問 県ノ方カラ接待費等ハドノ様ニシテ金を出セト言フ様ナ指示ガアツタノカ 答二、三回アツタノデス 問 ソレハドノ様ナ指示ダツタノカ 答 河港課ノ方カラ出張所ヘ今度此ノ様ナ予算ガ行クガ、ソレハ出張所デハ使ハナイデ現金化シタ上河港課ヘ返ス金ダト出張所ノ令達予算ヲ前以テ指定シテ来タコトガアリマス(二五六丁)野村サンカラ私ガ聞イタ様ニ記憶シマス 問 其ノ様ナ内示ガアツタモノハ別トシテ河港課ノ人達ニ渡シタ金ハ同人等デハ出張所ノドンナ予算カラ出シテ居ル金カ知ツテ居タノカ 答 知ラナイト思ヒマスガ然シ何等カノ方法デ出シテ呉レルダラウト言フ様ニ思ツテ居タノダラウト思ヒマス 串村ノ証言ニヨレバ、内示ノアツタモノ(本件ノ金員ハ何レモ内示ノナカツタモノデアル)ヲ除キ、問題ノ金ガ出張所ノドンナ予算カラ出サレタカ、コノ間ノ消息ハ野村等ノ全ク知ラナイコトデアツタコトガ明ラカデアルガ「ドンナ予算」カラ出スノカスラ判ラヌモノニ、其ノ具体的ナ支出方法ガ判ル筈モナイノデアル。コノ全ク認識ノナイコトニ付テ罪責ノ生ズル余地ハアリ得ナイ。

三、共謀共同正犯ノ理論ハ有力ナ学者ノ反対ヲ受ケ乍ラ今日判例上ノ通説デアルガ、其ノ判例ノ理論ノ適用ニ付テハ慎重ナル吟味検討ヲ要スルコト云フ迄モナイ。

共同正犯ノ成立要件トシテノ「共謀」ノ意義ニ付テ、昭和二十四年二月八日最高裁第二小法廷ハ共同正犯ガ成立スルタメニ必要ナ「共謀」トハ、数人相互ノ間ニ共同犯行ノ認識ガアルコトヲ言フノデアツテ、単ニ犯人ノ犯行ヲ認識シテ居ルダケデ其ノ者ガ共謀者デアルト云フコトハ出来ナイ。ト判示シ、強盗ニ行クモノニ同道シ、其ノ現場デ其ノ強盗犯ガ覆面ヲシ日本刀ヲ持チ夫々ノ分担ヲ指示シテ居ルノヲ見、而モ見張リノ役ヲ命ゼラレテコレヲ承諾シタト云フ者ニ対シ右見張リノ承諾ヲ為シタトキニ、其ノ強盗犯人トノ間ニ「共同犯行ノ認識」即チ「共謀」ガアツタモノト認ムベキデアルコトヲ示シテ居ルノデアルガ、右事案ニ於テハ、其ノ見張行為ヲ承諾シタ時ニ始メテ共同犯行ノ認識ガアツタモノトサレタ点ヲ特ニ重要視スル必要ガアル。即チ「共謀」トカ「共同犯行ノ認識」トカ「意思ノ連絡」トカ言フコトハ漫然タル観念デハナクシテ上記ノ様ニ具体的ナ事実ノ相当程度ノ裏付ケニヨツテノミ成立シ得ルモノデアルコトガ看取サレルノデアル。昭和二十五年四月二十日ノ第一小法廷ハ共謀共同正犯ハ、単ナル教唆ヤ従犯トハ異リ、共謀者ガ共同意思ノ下ニ一体トナツテ、互ニ他人ノ行為ヲ利用シテ其ノ意思ヲ実行ニ移スモノデアルト判示シタガ、コレハ「数人ガ共同意思ノ下ニ一体トナツテ」「互ヒニ他人ノ行為ヲ利用シテ其ノ意思ヲ実行ニ移ス」ト云フ具体的ナ関係ニ於テ始メテ「共謀」ガ成立スルモノデアルコトヲ示シテ居ルノデアツテ、其ノ「共同意思」ト云フモノモ抽象的デハナク具体的ナ犯罪行為ヲ共同シテ実現シヤウト云フ意思ヲ指スモノでアルコトハ疑フノ余地モナイ。コノ判例ニ於テハ「一体トナル」「互ヒニ他人ノ行為ヲ利用スル」ト云フ二個ノ関係ガ重視サレテ居ルガ、「互ヒニ他人ノ行為ヲ利用スル」ト云フ事ナドモ、互ヒニ他人ノ行為ノ内容ト幅ヲ認識シ合フ程度ノ深イ関係ヲコソ意味スルモノデアルト言ハネバナラナイ。

四、原判決ノ判示事実ノ第二ノ(一)(二)(三)ハ支払命令書ノ無形偽造ト其ノ行使ト詐欺デアルガ、被告人野村ハコノ何レノ犯罪事実ニ対シテモ事前ニコレヲ知ラサレテ居ラズ全クソノ認識ヲ欠除シテイタノデアツテ、正ニ文字通リ罪ヲ犯スノ意ニ欠ケテ居タノデアル。共謀共同正犯ノ理論ヲ如何ニ拡ク解スルトシテモ、凡ソ犯罪事実ニ対スル認識ノナイトコロニユレヲ適用スルコトハ出来ナイ。右(一)(二)(三)ヲ自ラノ判断ニ於テ決意シ実際ニ行ツタモノハ串村デアツテ野村ハコレヲ見タコトモ聞イタコトモナイノデアル。前記第二小法廷ノ判例ニ於テモ尠クトモ共同犯行ノ認識即チ其ノ犯罪行為ノ内容ト而モコレヲ共同で行フト云フコトノ二個ニ付テノ認識ガナケレバコレヲ共謀ト云フノデアルガ、串村ガ支払命令書ニ判示ノ様ナ無形偽造ヲ為シコレヲ行使シタコトニ対シ野村ハ全ク知ラナイノデアル。尤モ野村ノ様ナ技術者ニトツテハ其ノ様ナ事ガ判ラナカツタト云フコトモ一応無理カラヌ所デアル。全ク上記串村ノ証言ニアル通リ(野村等ハ)「知ラナイト思ヒマス」ガ本当デアツテ、串村が、出張所ノ労務賃金カラ出シタモノモアリマスガ、依頼ノアツタ都度出張所ニ於ケル予算ヲ全般的ニ眺メテ出シ得ル項目カラ出シタノデス、合計シデ見ルト金額的ニハ労務賃ノ方が多ク個々ニ見ルト必ズシモソウデハアリマセヌ。ト証言シタ通リ、串村ハ自分ノ判断ニ於テ令達サレタ予算全般ヲナガメテ適当ニ支出シタモノ即チ、依頼ノアツタ都度自ラノ判断デ支出ノ費用、方法ト一切ヲ決定措置シタモノデアツテコノ様ナコトハ本庁ノ土木部ニアツタ野村等ノワカラナイ仕事デアツタワケデアル。予算ハ項目ノ間ニ於テ流用シ得ルコト必ズシモ不可能デハナイ。大聖寺土木出張所ニ於ケルコノ予算ノ具体的ナ運営ハ、小泉スラ充分知ラズ、況ンヤ野村等ノ関知スルトコロデハナイノデアル。本件ハ架空人夫賃ノ事件デアルガ、架空人夫賃デ以テ金ヲ捻出スルト云フ事ニ付テ野村ト大聖寺土木出張所間ニ何等カノ謀議デモ行ハレテイタト云フナラバイザ知ラズ、本件ニ於テハ其ノ様ナ事実モナイシ又証拠モナイ。前記第一小法廷ノ判例ニヨツテモ、共同意思ノ下ニ互ヒニ他人ノ行為ヲ以テ其ノ意思ヲ実行ニ移ス、トアルガ、野村ニ文書偽造ノ意思ノナイ限リコノ意思ヲ共同ニスルト言フ事モアリ得ナイ。

要スルニ原判決ノ判示「串村が為シタ金銭ノ捻出方法即チ架空人夫賃ノ支払命令書ヲ作ルト言フ事ニ野村モコレニ共謀シタ」(要旨)ト言フコトニ対シ一言以テコレニ答ヘルナラバ金ヲ送レト云フ依頼ハ只単ニ串村ノ行為ノ動機ヲ為シタダケデアツテ、串村ノ行為ニ対スル共謀デハ断ジテナイノデアル。コレヲ共謀ナリト判示シタコトハ(一)事実ノ重大ナル誤認デアルト共ニ(二)一面ニ於テ共謀共同正犯ノ法理ヲ誤解シタ憾ミガアリ、原判決ハコノ点ニ於テ破棄サルベキデアル。

第二追加上申 事実誤認(法令ノ誤解)

一、原判決理由(罪トナルベキ事実)第二ノ詐欺ノ事実ノ要旨ハ「串村俊吉作成名義ノ内容虚偽ノ支払命令及支払通知書ヲ作成シ石川県大聖寺支金庫係員ヲシテコレガ真正ニ成立シタモノト誤信セシメ、右書類記載ノ金員ヲ騙取シタ」ト云フノデアルガ、コレハ誤認デアル。ノミナラズ抑々コノ所為ハ詐欺トナラナイ行為デアル。

二、石川県会計規則ニヨレバ、

(一)金員支出ノ必要アルトキハ知事(又ハ教育委員会或ハ廨長)ハ出納長(又ハ出納員)ニ宛テゝ支出命令書ヲ発スル。(規則第三条、施行細則第七号様式)

(二)出納長(出納員)ガ右支出命令書ヲ受ケタ時ハ先ヅ次ノ事項ヲ調査シナケレバナラナイ。(イ)予算ノ目的ニ違ハナイカ、予算額ヲ超過シナイカ (ロ)法令ニ違ハナイカ (ハ)正当ニシテ必要ナモノカ (ニ)金額、年度、支出科目ニ誤リナキカ (ホ)其ノ他必要ト認メタ事項(規則第十三条)

(三)右事項ノ調査完了後、出納長(出納員)ハ支払命令書及支払通知書ヲ発行シ支払命令書ハ県金庫(又ハ支金庫)ヘ、支払通知書ハ債権者ヘ夫々交附スル。(規則第十四条)

(四)金庫ハ、右支払通知書ヲ持参シタモノニ対シ、其ノ通知書ヲ調査シ、コレト引換ヘニ現金ノ払渡ヲシナケレバナラナイ。但シ調査ノ結果、次ノ事項ノアル場合ハ支払ヲ停止スルコトガ出来ル。

一、支払命令書未到着 二、支払命令書ト支払通知書ト符合シナイトキ 三、支払命令書、支払通知書ノ印鑑ガ予メ送附シテアル印鑑ト符合シナイトキ 四、金額ヲ改ザンシタ疑ヒアルトキ 五、汚損シテ金額不明瞭ナルトキ 六、支払有効期間が経過シテ居ルトキ(規則第四十四条)

三、以上ガ石川県会計規則等ニヨル金員支出ノ方法順序デアルガ、コレニヨツテ関係者ノ所管ト義務ノ範囲ヲ明ラカニスレバ概ネ次ノ通リデアル。

第一ニ支出ガ合法、正当ナリヤ否ヤヲ調査判断スルモノハ誰レカト云フ点デアルガコレハ一ニカヽツテ出納長(出納員)ノ責任トナツテ居ル。規則第十三条ノ明記スルトコロデアル。出納長ハ支出命令ヲ受ケルト共ニ、先ヅコノ件ニ付テ調査ヲ進メ其ノ完了ヲ俟ツテ始メテ支払命令書ヲ作ルノデアルガ、右調査ニ於テハ支出ヲ必要トスル根拠ヲ調ベソレガ合法正当デアルカヲ検討スルノデアル。例ヘバ人夫賃ガ請求サレテ居ルトスレバ、其ノ請求者ノ氏名、請求ノ範囲、金額等総テ「正シイカ否カヲ検討シ而モ其ノ上、予算上支出ガ許サレ得ルカ否カ等ヲモ調ベテ然ル後コレヲ決済スルト云フ仕組ニナツテ居ルノデアツテ、若シ其ノ支出ガ正当ナモノデナカツタニ不拘敢テ支払命令ヲ発シタトスレバ、其レハ一ニ出納長(出納員)ノ失錯過失デアツタト云ハネバナラナイ。殊ニソノ債権者ガ正当ナル債権者デアルヤ否ヤ、債権ガ正当ニ成立シテ居ルモノナリヤ否ヤノ問題ノ如キハ出納長(出納員)ノ手ニ於テ当然ニ調査スベキモノデアツテ、規則第十三条第三号ハコノタメニ設ケラレタ規定デアルト云ツテモ過言デハナイノデアル。

第二ニ金庫ニ負ハサレテ居ル義務ノ範囲如何ノ点デアルガ、金庫ハ先ヅ支払通知書ノ記載ノ形式ヲ調査スル義務ガアリ、前記第二項(四)所載六項目ノ事由ノナイ限リ支払通知書ノ持参人ニ現金ヲ払渡ス義務ヲ負ハサレテ居ルノデアル。規則第四十四条ノ但書第一号乃至第六号ハ金庫が調査スベキ事項ヲ限定シテ居ルノデアツテ例示的ノモノデハナイ(原判決ハ例示的ダト判示シテ居ル)。コノ条文前段ハ金庫ハ支払通知書ノ形式要件が具ハツテ居ル限リ持参人ニ対シ例外ナク直チニ金ヲ払渡スベキ義務ト責任ノアルコトヲ規定シテ居ルノデアルガ、只、コノ義務ヲ解放スル例外ノ事由トシテ六個ノ項目ヲ掲ゲテ居ルニ過ギナイノデアツテ、従ツテコノ六項目ハ制限的ナモノト解スベキデアツテ、例示的ナモノト解スベキデハナイ。若シ金庫ニ対シ実質的ナ審査ノ権限ヲ与ヘタトスルナラバ、払渡シノ円滑ハ阻害サレ金庫が出納長ノ権限ヲ侵犯スル様ナ結果ニナルノデアツテ其ノ様ナ本末顛倒ハ許サレナイモノト考ヘナケレバナラナイ。殊ニ、金庫が調査シ得ル事項ハ総テ支払通知書ニアル「形式」ノ適否ノミニ限ラレテ居ルコトハ、右六項目ノ文言ヲ読メバ正ニ一読瞭然ノ感ガアルノデアツテ、六項目悉ク形式ノ問題ニシカ過ギナイノデアル。

四、原判決ハ、金庫係員ハ「支払命令、支払通知書記載ノ債主ガ正当債主デアルカ否カノ点等ニ付テモ取引上ノ通念ニ基キ信義誠実ノ原則ニ従ヒ善良ナ管理者ノ注意ヲ以テコレガ調査ヲ為ス義務ガアルモノト思慮サレ規則第四十四条ノ六項目ハ当然ノコトヲ規定シタ例示的事項デアルト解サレル」ト解釈シタノデアルガ、コノ解釈ハ上述ノ様ニ(イ)規則第十三条ノ出納長ノ義務ト紛淆ヲ来シ、整然タル会計事務ニ混乱ヲ来ス虞レアリ、(ロ)規則第四十四条ハ飽ク迄金庫ノ調査ノ範囲ヲ支払通知書ノ形式的事項ニノミ限定シテ居ル文旨ニ反シテ居リ、到底容認出来ナイ解釈デアルノミナラズ、原判決ハ其ノ解釈ノ根拠トシテ、取引上ノ通念ヤ信義誠実ノ原則ヲ挙ゲテ居ルノデアルガ、金庫係員ガ支払通知書記載ノ債主ガ正当債主ナリヤ否ヤノ点ヲモ調査検討シ其ノ判断ニ従ツテ支払ヲ拒否スルト云フ様ナ事ニナツタ場合ハ却ツテ官庁会計事務ノ秩序ト能率ヲ阻害スル結果ヲ招来シ其ノ弊害恐ルベキモノガアリ、第四十四条ノ文言通リ形式上ノ調査ノミニ限リ其ノ点ニ於テ間違ヒガナケレバ直チニ金員ヲ払渡スト云フコトガ寧ロ信義誠実ノ原則ニ合致スルモノト言ハザルヲ得ナイ。

五、金庫係員ノ調査スベキ事項ハ叙上ノ様ニ支払通知書ノ形式ノ当否ニ限ラレテ居ルノデアルガ故ニ、コノ事項ニ付テ何等カノ欺罔手段ヲ講ジ金庫係員ヲシテ錯誤ニ陥ラシメタト云フノデアルナラバ、茲ニ詐欺ノ問題モ発生スルデアラウガ、全然調査スル権限モ義務モナイ事項ニ付テハ欺罔手段ノ施シ様ガナク又実際問題トシテモ其ノ様ナ欺罔手段ヲ弄シタコトハナイノデアル。

原判決ハ詐欺ノ事実ヲ認定スル前提トシテ上述ノ様ニ金庫係員ノ義務ノ範囲ヲ拡大シテ解釈シ更ニ進ンデ「右虚偽ノ支払命令、支払通知書ヲ恰カモ正当ナモノトシテ正当債主ニ対スル支払デアル旨装イ又装イシメテコレヲ提出シタタメ当該金庫係員ニ於テコレヲ正当ナ債主ニ対スル支払デアルモノト誤信シ其ノ誤信ニ基キ該支払ヲ為シタ」ト結論シテ居ルノテアルガ、正当ナル債主ナリヤ否ヤ、支払通知書が作成サレルニ至ツタ経緯ヤ動機等ハ何レモ金庫係員ノ関知スルトコロデハナイノデアツテ、係員ハ専ラ形式的要件ノ備ハツア居ルコトヲ見テ其ノ持参人ニ金ヲ払渡シタダケノコトデアル。偽罔モナク錯誤モナイノデアル。コノ関係ニ対シテ詐欺罪ヲ以ア問擬スルコトハ甚シク当ヲ得ナイノデアル。

第三右業務上横領(公文書偽造行使詐欺)被告事件に付き既に控訴の理由を上申してあるが仮りにそれ等の控訴理由が容れられずとするも野村に対する原審判決は量刑に著しい不当あるものであつて、以下述べる諸般の事情に鑑み刑執行猶予の御判決を仰ぎたいのである。

一、本件の特異性 1、本件は行政事務運用上必要となる接待費の為起きた事件である。而も昭和二十三年度には石川県庁の他の部には接待費の予算があつたが土木部だけにはそれがなかつた。(藤沢証人は当時の管理課長であつた谷島課長の失態なりと証言した)又庶務課予算編成責任者である萩原証人は「土木部主管課から接待費の予算計上に付いて協議があれば何時でも計上する用意があつたしその増額についても要求があれば之れを受け入れた筈だが要求がなかつた」との意味の証言をしている。加之にその年は地震のあつた年で中央との接衝予算獲得も例年より最も必要とした年であつたのに土木部として接待費が予算上なかつたという極めて矛盾した時に起きた事件であると云うことである。2、本件は自己の為とか第三者の為とか云うことでなしに本人の為、即ち県の為、県民の為を思つてやつた事件である。3、本件は公然行われたものである。金の依頼並その授受も県庁河港課で公然行われたものであり秘かに行われたものではない。4、本件は敗戦後の日本の復興、民生安定の基盤が土木施設の復旧にありとする政府の方針によつて日本興隆の重責を果すべく尽力した時期に起つた事件であり、今日の平静な安定した時に起きた事件ではない。従つて本件は他の普通の詐欺とか横領とか云う事件とその趣を異にしていることを特に御留意願いたい。

二、接待費の必要性(行政事務運営上) 行政事務の円滑なる運営上接待の必要なることは藤沢証人、谷島証人、山岡証人粟田証人、府玻証人等均しく認める所であり接待を受けた中央官衙の方々も何処の県でも接待を受けたと述べており謂わば行政慣行となつているのである。金子証人その他も石川県だけでなく他の府県でも打合せの場所を替えてやることがある。役所では事務に追われそれのみには係りあつていることも出来ず又会議室も空かないので何処か落付いた処で打合せをやることは県側も中央官衙側も便宜であり時には打合せの為徹夜することもあることを述べている。石川県としては東京に出張所もなく止むなく旅館に御足労を願つたわけでありこの場な場合に夕食を共にし終つて酒の一杯も差上げることは寧ろ当然の礼儀であると云える。而して野村被告人の関係している接待はその程度回数等も極めて遠慮してやつたもので予算接衝に上京した時に限り即ち昭和二十三年二回昭和二十四年度二回及災害査定一回計五回である。何故予算接衝の場合に限つたかと云うに建設事業費の五〇%以上は国庫補助に仰いでおり殊に災害復旧費は七〇%国庫補助であり昭和二十三年度から同二十五年度迄の建設事業費は四、五億円に上りその内中央依存が二、三億円に上りますので中央官衙に県の必要事実を詳細に具申し少しでも多く中央予算を獲得し県費の節減を図らんことを願つたからである。即ち県の為県民の為必要にして適度な接待を行い次の効果を最大ならしめる様大いに努力した訳でありそこに何等の私心もなく勿論そこに不法領得の意思などあろう筈がない。(尚接待のための費用は昭和二十四年度以降毎年の予算に計上せられて居る。その額は、昭和二十四年度一、七六五、五四五円(決算額)であり、昭和二十五年度四、六九五、二五〇円(予算額)であつて事務連絡費として計上されてある-府玻証人の証言御参照)

三、予算的欠陥 上述の様に接待費が必要であつたのに昭和二十三年度には県土木部には接待費(又は事務連絡費)がなかつた。殊にその年は震災の年であり中央との接衝の特に必要な従つて接待費も最も必要とした年であるのに接待費がなく極めて矛盾した事態であつた。之につき藤沢証人が予算編成の時不注意の為落したのだと証言して居り当時の土木部管理課長谷島証人も之を落したのは自分の責任であり寔に申訳ない旨告白して居られる。この様な予算編成上の欠陥が本件を惹起した根本原因であると府玻証人が看破して居られるが全くその通りと思う。

四、物価と給与との不均衡 物価が昂騰期に在る時には給与が之れに伴わないのが通例であり、本件の場合亦然りであつた。長らく県副出納長の職にあつた府玻証人の証言の通り昭和二十三年度の旅費日当は当時普通職員で日当四十円宿泊料百五十円(県外二百円)という程度で例えば東京出張の場合でも日当宿泊料併せて一日二百四十円であり現実にはその三倍を要したとのことである。当時は総て統制時代であり暗値が横行しており従つて料理代その他非常に高いものであつた。こうした矛盾の結果が石川県庁に於ても二、三日の幽霊出張となり之亦已むを得ないことと黙認される様になり更に一歩を進めて慣行となつたのである。本件に於ても接待費は必要だし予算はなし旅費日当等は僅少だし万止むを得ず予算流用の方向へ進むのは之亦已むを得ない緊急事態とも考えられるのである。

五、課長の指示(又は意図を受けて) 本件は被告人の独断専行でやつたものでなく当時の老田課長の指示或いはその意図を受けてやつたものである。(被告人の公判廷に於ける供述並に被告人供述調書)それが証拠に打合会には必ず老田課長が出席しており老田課長のいない時には接待はなかつたのである。尚岡田旅館は老田課長と特殊関係にあるものであつて中央の方を接待する場合には必ず岡田旅館を使用する様予ね予ね指示されていたのである。勿論被告人としては東京都内或は横浜市に親戚のある関係上打合会のない場合は之等を宿泊場としていた。打合会のある時は老田課長の指示に基き岡田旅館を選んだが会の終了時刻は午後八時から九時となり当時(二十三年度及二十四年度初)の東京都内の治安状況は夜間外出を遠慮する様指示せられている程険悪であり帰宅不可能の為已むを得ず岡田旅館に宿泊した。遠距離から汽車通勤していた港湾局員も同様宿泊せざるを得なかつたのである。

六、予算流用 本件は単なる予算流用の問題である。而して実際上予算執行者に於て予算を流用せねばならぬ場合が多々ある。その場合一々正式な手続を採れば煩鎖な手続と日時とを要するので簡易な流用手続に依る場合が多く謂わば之が行政慣行又はそれ迄に行かないにしても黙認の状態である。例えば備品を是非必要とする場合に消耗品を買つた様な手続整理をしたり常用傭人の賃銀を人夫賃から出したり或は出張日数を延期して出張の欠損を補填したりすること等は一般行政慣行となつている。之等のことは法規上から云えば悪いには違いないが或は之を慣行とし或は黙認しなければ行政の円満なる運営は期し得ないのである。勿論右の行為は悪意のあるものでなく仮りに処罰するにしても行政上の懲戒を受けるは格別刑法上の犯罪とはならない。

七、産業復興と被告人の功績 終戦後日本政府は日本再建を目標として(一)産業復興(二)民生の安定とを二大目標としその基幹として港湾道路河川の復旧災害の防除等戦時中荒廃した土木施設の再建を大きく掲げ石川県に於てもこの趣意に基き之等の土木施設の建設復旧を計画立案してその完遂に邁進したのである。由来石川県は米産県であると共に水産県でもある。従つて河川の改修復旧をして耕地の改良保全を計り港湾施設を修築復旧して漁業の殷賑を来す必要があつた。被告人は斯る大事業担当者であり公務員として日夜営々として之努めたのである。その功績の顕著なことは山岡証人(前土木部長)初め神野証人、蘚島証人その他港湾関係者の均しく認める所である。而も被告人在職間は殊に地震あり、水害あり之に対する被告人の苦労は並々でなかつたことが察せられる。之等倉惶の間而も経済統制時代、給与と物価と不均衡の時、且つ予算的欠陥の折本件が起きたことを御諒察願いたい。府玻証人が被告人等がやるべき任務を尽して而も斯る事態になつたことは寔に御気の毒であると述べているが真にその通りであると云うべきである。

八、被告人の性格並家庭の状況 被告人は金沢第二中学校を経て昭和三年金沢高等工業学校を卒業後直に富山県土木課に就職昭和十一年石川県土木課に転勤その間真面目に勤務表彰を受けること数回に及んだ。その性格は極めて明朗活達であり技能又極めて優秀で衆を集め上下の信頼は殊に厚いものがあつた。勿論悪事を働く様な徒輩ではない。その家庭は幼にして父に別れ現在老母(六七才)姉妹子女三名(一五才、九才、八才)の七人暮し妻数年前死別)でどうにか平和な生活を送つているものの男手なく万一被告人が実役に服するが如きことありとせば子女の養育は保し難く哀れむべき事態に立至る虞がある。特に御配意を望む次第である。

尚ここに附言したいことは、被告人は繁忙な執務の余暇を研学に尽し、既に土木技術に関する著述も二種刊行されているので、その一は昭和二十一年春から筆を執り一ケ年後の昭和二十二年三月刊行した「河川工事要録」であり、他の一は昭和二十二年秋頃から起筆し約二ケ年かかつて本件起訴当時脱稿したものであつて、事件の関係上昭和二十六年十一月刊行された「漁港」である。両著とも終戦後の技術者の指導のため執筆されたもので、斯界に於ける貴重な労作と云われているのであるが、被告人が余暇を斯る著述に専念して居たことは被告人の人柄を知る一つの材料たるを失わないと思料する。

弁護人田中一郎の控訴趣意

刑罰の目的は改過遷善と勧善懲悪とにあることは申上げるまでもないところであります。故に被告人が刑を科せられ執行を受けなくとも刑の執行を受けたと同じ心身の苦痛を感じ、過を悔い、善心に立ち還り再犯の虞が絶対にないことが確実であるならば、更に膺懲を加える必要はないのであります。これに反し改悛の情些かもなく刑の執行を受くることに対し何等痛痒を感ぜざる徒輩に対してのみ刑法の威信として又社会秩序の維持として厳にこれを罰すべきであると信じます。而して刑の執行猶予を与うべきか否かは要するに情状によることは論を俟たない所であつて、その情状の主要なものは、

(一)家庭家族の関係、(二)地位、身分、年令、境遇、教育程度、(三)犯罪の性質、動機、(四)犯罪の自白、改悛の情の有無、(五)被害の辨償の有無、(六)被告人の性格、行状等を挙げることができると存じます。以上のうち(三)本件犯罪の性質、動機、(六)被告人の性格、行状について陳述し執行猶予の御判決を賜わるようお願いたします。

第一、本件事犯の動機及び性質について 本件事犯は土木出張所へ配布せられた工事予算から人夫賃名義に藉口して払出しをなし、これを中央官庁職員の接待費に費消したことが図らずも公文書偽造行使、詐欺なりと認定せられたものであります。終戦後、政府は民生安定、産業復興を二大政策とし、地方庁はこれを強力に推進すべく、産業復興の基幹たる輸送道路の再建復興及び水害による土木施設を復旧して耕地の確保を図り或は漁港を復旧修築して蛋白食糧の確保を図りもつて国民生活安定を期すべく県土木部長以下全員この国家政策実現に邁進努力したのであります。偶々昭和二十三年六月北陸大震災があり、石川県に於ても大聖寺町を中心として大被害あり、土木施設の破壊せられたるもの夥しくこれが復旧費は本省よりの割当交付に倚存しなければならないことになり、これが割当獲得のため石川県としては格段の努力を余議なくせらるるに至つたのであります。漁港関係の技術面を担当していた被告人野村としては運輸省港湾局及農林省水産局との間に担当事項につき少くとも二ケ月に一回、或は毎月一回上京してこれ等本省当局者に陳情して予算折衝をしなければならなかつたのでありますが、当時本省の局課の部屋は狭隘である上に各地方からの訪問者も亦多数であるため到底十分に陳情説明することができぬ実情にあつたので土木部上司の指示によつて、東京都文京区岡田旅館を会合場として使用することになつたのであります。当時被告人が県より支給せられる旅費等によつては右岡田旅館を会合場として会食した費用並に宿泊費を支弁することは不能であつて、これ等の費用の支弁は土木出張所へ配布せられた工事予算を流用する外なく、このことは上司の承認諒解のもとに行つたものであつて上司の公認するところであつたのであります。即ち上司との関係においては公然であり毫も隠秘性がなかつたのであります。従つて被告人としては業務上横領乃至詐欺の犯意その他何等の不正領得の意思がなく、只管復旧費の割当を獲得して石川県のため寄与せんとの熱意一筋のみであつたのであります。

以上の事情により被告人は昭和二十二年度より昭和二十四年度までの間に五回(農林省水産局一回、運輸省港湾局四回)会合し、内四回は前記岡田旅館、内一回は湯河原でそれぞれ会合し何れも上司老田港湾課長が同席していたものであります。以上会合において陳情折衝した結果、被告人等の東京滞在期間は短縮せられ且石川県の復旧土木費の国庫補助(補助額は工事予算額に対する三分の一乃至二分の一)が増額し石川県民の県税は軽減されることとなつたわけであります。以上の如く被告人は個人的私利私慾利害打算に出でたものではなく只管石川県吏員として県の利益、県民の利益のために犯せる非違であつたのであり且何れも土木部上司の承認乃至諒解のもとに為された公然のものであり、何等隠秘性がなかつたことは最も情状酌量を賜わるべき点であると信ずるのであります。斯くの如き被告人に対し仮りに公文書偽造行使詐欺を構成するとしても実刑を科して前科者となし将来社会的に葬り去り再び立つ能はざらしめる程の制裁を加えられることはあまりにも惨酷無慈悲ではないでしようか。被告人が不幸にして執行猶予の判決を受くる能はずして後半生が悲惨暗澹たるものとなるならば被告人こそ実に石川県土木部の犠牲となつたものというべきであります。石川県首脳部も今回の事犯に鑑みるところあり『事務連絡費』なるものが正式に県予算に計上せられ昭和二十四年度から実施せられ、二十四年度は一、七六五、五四五円、二十五年度は四、六九五、二五〇円が何れも事務連絡費として計上支出されることになつたことは証人府玻昌円の証言により明かであります。何卒本件事犯の因つて来れる原因事情を篤と御斟酌賜わり是非被告人に執行猶予の御判決を賜わりますよう切にお願いたします。

第二、被告人の性格行状 当弁護人は昭和四年当時約一ケ年あまりの間被告人方に寄宿して世話になつたことが縁となり尓来今日に至るまで二十数年の間被告人初め全家族と親戚同様の交際をつゞけおるものであつて、斯くの如き関係上被告人の性格については十分な認識をもつているものであります。被告人は一般技術者に共通の寡黙型であり従つて事を処するに当り沈着冷静、その反面極めて小心であります。金銭的には寡慾であつて決して不正な利得を貪るが如き精神の所有者ではないのであります。被告人の父は金沢機関区に二十年の長きに亘つて勤務した模範職員であつて、幼少より父母の厳格なる薫陶のもとに生長した被告であります。而して被告人は三児を残して最愛の妻に死別し現在家庭的に極めて悲境にあり、家には被告人の本件における運命いかにと日夜痛心の老母があるのであります。私は本件において授受した金額に証人の証言と被告人の供述との間に金四万円の喰い違い相違がありますが被告人を熟知せる当弁護人としては被告人の供述の真実性を信ずるものであります。願わくばこの金額の相違について被告の供述を御採用あつて諸般の情状御斟酌の上是非執行猶予の御明断を賜わりますよう切にお願するものであります。

弁護人村沢義二郎外一名の控訴趣意

事実誤認(第一)

一、原判決理由第一の(一)(二)(三)共ニ、虚偽ノ人夫賃請求書ニ「前記ノ通リ使役シタコトヲ証明スル」旨ノ虚偽ノ認証ヲサセコレヲ用ヒテ土木部監督課員ヲ通ジ出納部ヘ出シ支払命令ヲ県金庫係ヘ発行セシメ順次係員ヲ誤信サセ以テ金庫カラ金員ヲ騙取シタト云フ事ヲ判示シタノデアルガ、コノ事実ハ全然詐欺罪ニナラナイコトデアル。

二、先ヅ第一判示全事実ニ付テ、不法領得ノ事実ガナイ。真実支払フベキ県ノ負債ヲ、支払フニ足ル予算ガ当該予算ノ項目ニナカツタタメニ他ノ項目カラ流用シタト云フ事実デアツテ、単的ニ云ツテ人夫賃請求書ノ中ノ「人夫ノ働イタ場所」ノ表示ガ間違ツテ書カレテ居タト云フニ過ギナイノデアツテ、不法領得ト云フモノノナイ事件デアル。

原判決第一ノ(一)(イ)(A)ノ(1) ノ金五千九百四十円ニ付テハ証人三浦憲六ハ第五回公判廷デ、答 コレハ河原田川ノ予算ガアツタノデ当時犀川ノ測量費人夫賃ガナカツタノデス。ソレデソノ河原田川ノ予算ヲソノ犀川ノ人夫賃ヲ支払フタメニコノ様ナ請求書ヲ作成シタノデス。(中略)問 コレハ実際出タ人夫デスカ。答 犀川ノ測量ニ実際出タ人夫デス。(中略)問 ソノ犀川ノ測量ニソウ云フ金ヲ要シタト云フノデスカ。答 左様デス。ト陳述シテ居リ、第一ノ(一)(イ)(A)ノ(2) ノ一万二千九百六十円ニ付テハ同証人ハ、問 コノ請求書ハドウシテ作ツタノデスカ。答 前述ノ犀川ノ分ト一緒デス。(中略)問 ソノ犀川ノ測量ハ何時ナサレマシタカ。答 昭和二十四年夏頃デシタ。第一ノ(一)(ロ)(A)ノ(1) ノ一万八千九百円ニ付テハ 問 コノ請求書ニ記載サレテ居ル金額モ犀川ノ測量費ニ費ツタノデスカ。答 コノ経費モ全部犀川ノ測量費デアリマス。第一ノ(一)(ロ)(A)ノ(2) ノ三千四百二十円ニ付テハ、問 コノ請求書ハドウデスカ。答 前ト同ジデス。(中略)問 ソノ犀川ノ測量ハ何時ヤリマシタカ。答 四、五月頃ダツタカ夏頃ダツタト思ヒマス。ト各陳述シテ居リ何レモ、犀川ノ測量費ノ支払ニ充当サレタコトハ極メテ明瞭デアツテ、被告人等ハ要スルニ県ガ支払フベキ人夫賃ヲ予算ノ他ノ項目カラ流用シタノデアツテ、県ニ対シテ何等ノ損害ヲ負ハシメテ居ナイノミナラズ被告人等モ不法ノ領得ヲシテ居ナイコトガ明ラカデアル。斯ノ様ナ場合、予算ノ他ノ項目ヲ流用シタコトニ付テノ行政上ノ責任ノ有無ハ一応論ズルノ余地ハアラウガ、刑事上詐欺ノ罪ハ断ジテ成立シナイモノト思料スル。

事実誤認(第二)

一、原判決理由(罪トナルベキ事実)第一ノ(一)(イ)(B)ニ於テ「以テ前掲各係員及ビ前記石川県本金庫係員ヲシテ順次其ノ旨誤信セシメ」「因テ金庫係員森隼人ヨリ現金合計一万七千八百五十円ヲ右中村憲弥ニ交付セシメテコレヲ騙取シ」ト判示シ(一)(ロ)(B)ニ於テモ右同様誤信セシメ同様森隼人カラ金二万千八十円ヲ浅井秀男ニ交付セシメテコレモ騙取シタ旨ヲ判示シ(二)ニ於テハ右同様誤信セシメテ森隼人カラ現金一万七千円ヲ右川谷孝一ニ交付セシメテコレヲ騙取シタ旨判示シタノデアルガコノ判示認定ニハ事実ノ誤認ガアリ、現金ヲ交付シタ森隼人ハ判示ノ様ニ欺罔サレタコトハナク従ツテ詐欺罪ハ成立シナイノデアル。

二、石川県会計規則ニヨレバ、(一)金員支出ノ必要アルトキハ知事(又ハ教育委員会或ハ廨長)ハ出納長(又ハ出納員)ニ宛テテ支出命令書ヲ発スル。(規則第三条、施行細則第七号様式)(二)出納長(出納員)ガ右支出命令書ヲ受ケタ時ハ先ヅ次ノ事項ヲ調査シナケレバナラナイ。(イ)予算ノ目的ニ違ハナイカ、予算額ヲ超過シナイカ、(ロ)法令ニ違ハナイカ、(ハ)正当ニシテ必要ナモノカ、(ニ)金額、年度、支出科目ニ誤リナキカ、(ホ)其ノ他必要ト認メタ事項(規則第十三条)(三)右事項ノ調査完了後、出納長(出納員)ハ支払命令書及支払通知書ヲ発行シ支払命令書ハ県金庫(又ハ支金庫)ヘ、支払通知書ハ債権者ヘ、夫々交付スル。(規則第十四条)(四)金庫ハ、右支払通知書ヲ持参シタ者ニ対シ、其ノ通知書ヲ調査シ、コレト引換ヘニ現金ノ払渡シヲシナケレバナラナイ。但シ調査ノ結果、次ノ事項ノアル場合ハ支払ヲ停止スルコトガ出来ル。一、支払命令書未到着、二、支払命令書ト支払通知書ト符合シナイトキ、三、支払命令書、支払通知書ノ印鑑ガ予メ送付シテアル印鑑ト符合シナイトキ、四、金額ヲ改ザンシタ疑ヒアルトキ、五、汚損シテ金額不明瞭ノトキ、六、支払有効期間ガ経過シテ居ルトキ(規則第四十四条)

三、以上ガ石川県会計規則等ニヨル金員支出ノ方法順序デアルガ、コレニヨツテ関係者ノ所管ト義務ノ範囲ヲ明ラカニスレバ概ネ次ノ通リデアル。

第一ニ支出ガ合法正当ナリヤ否ヤヲ調査判断スルモノハ誰レカト云フ点デアルガ、コレハ一ニカカツテ出納長(出納員)ノ責任トナツテ居ル。規則第十三条ノ明記スルトコロデアル。

出納長ハ支出命令ヲ受ケルト共ニ、先ヅコノ件ニ付テ調査ヲ進メソノ完了ヲ俟ツテ始メテ支払命令書ヲ作ルノデアルガ、右調査ニ於テハ支出ヲ必要トスル根拠ヲ調ベソレガ合法正当デアルカヲ検討スルノデアル。例ヘバ人夫賃ガ請求サレテ居ルトスレバ、ソノ請求者ノ氏名、請求ノ範囲、金額等総テ正シイカ否カヲ検討シ而モソノ上、予算上支出ガ許サレルカ否カ等ヲモ調ベテ然ル後コレヲ決済スルト云フ仕組ニナツテ居ルノデアツテ、若シソノ支出ガ正当ナモノデナカツタニ不拘敢テ支払命令ヲ発シタトスレバソレハ一ニ出納長(出納員)ノ失錯過失デアツタト云ハネバナラナイ。殊ニソノ債権者ガ正当ナル債権者デアルヤ否ヤ、債権ガ正当ニ成立シテ居ルモノナリヤ否ヤノ問題ノ如キハ出納長(出納員)ノ手ニ於テ当然ニ調査スベキモノデアツテ、規則第十三条第三号ハコノタメニ設ケラレタ規定デアルト云ツテモ過言デハナイノデアル。

第二ニ金庫ニ負サレテ居ル義務ノ範囲如何ノ点デアルガ、金庫ハ先ヅ支払通知書ノ記載ノ形式ヲ調査スル義務ガアリ、前記第二項(四)所載六項目ノ事由ノナイ限リ支払通知書ノ持参人ニ現金ヲ払渡ス義務ヲ負サレテ居ルノデアル。規則第四十四条ノ但書第一号乃至第六号ハ金庫ガ調査スベキ事項ヲ限定シテ居ルノデアツテ例示的ノモノデハナイ(原判決ハ例示的ダト判示シテ居ル)。コノ条文前段ハ金庫ハ支払通知書ノ形式要件ガ具ワツテ居ル限リ持参人ニ対シ例外ナク直チニ金ヲ払渡スベキ義務ト責任ノアルコトヲ規定シテ居ルノデアルガ、只、コノ義務ヲ解放スル例外ノ事由トシテ六個ノ項目ヲ掲ゲテ居ルニ過ギナイノデアツテ、従ツテコノ六項目ハ制限的ナモノト解スベキデアツテ、例示的ナモノト解スベキデハナイ。若シ金庫ニ対シ実質的ナ審査ノ権限ヲ与ヘタトスルナラバ、払渡ノ円滑ハ阻害サレ金庫ガ出納長ノ権限ヲ侵犯スル様ナ結果ニナルノデアツテソノ様ナ本末顛倒ハ許サレナイモノト考ヘナケレバナラナイ。殊ニ、金庫ガ調査シ得ル事項ハ総テ支払通知書ニアル「形式」ノ適否ノミニ限ラレテ居ルコトハ、右六項目ノ文言ヲ読メバ正ニ一読瞭然ノ感ガアルノデアツテ、六項目悉ク形式ノ問題ニシカ過ギナイノデアル。

四、原判決ハ、金庫係員ハ「支払命令、支払通知書記載ノ債主ガ正当債主デアルカ否カノ点等ニ付テモ取引上ノ通念ニ基キ信義誠実ノ原則ニ従ヒ善良ナ管理者ノ注意ヲ以テコレガ調査ヲ為ス義務ガアルモノト思慮サレ」「規則第四十四条ノ六項目ハ当然ノコトヲ規定シタ例示的事項デアルト解サレル」ト解釈シタノデアルガ、コノ解釈ハ上述ノ様ニ、(イ)規則第十三条ノ出納長ノ義務ト紛淆シ、整然タル会計事務ニ混乱ヲ来ス虞レアリ、(ロ)規則第四十四条ハ飽ク迄金庫ノ調査ノ範囲ヲ支払通知書ノ形式的事項ニノミ限定シテ居ル文旨ニ反シテ居リ、到底容認出来ナイ解釈デアルノミナラズ、原判決ハソノ解釈ノ根拠トシテ、取引上ノ通念ヤ信義誠実ノ原則ヲ挙ゲテ居ルノデアルガ、金庫係員ガ支払通知書記載ノ債主ガ正当債主ナリヤ否ヤノ点ヲモ調査検討シソノ判断ニ従ツテ支払ヲ拒否スルト云フ様ナコトニナツタ場合ハ却ツテ官庁会計事務ノ秩序ト能率ヲ阻害スルノ結果ヲ招来シソノ弊害恐ルベキモノガアリ、第四十四条ノ文言通リ形式上ノ調査ノミニ限リソノ点ニ於テ間違ヒガナケレバ直チニ金員ヲ払渡スト云フコトガ寧ロ信義誠実ノ原則ニ合致スルモノト云ハザルヲ得ナイ。

五、金庫係員ノ調査スベキ事項ハ叙上ノ様ニ支払通知書ノ形式ノ当否ニ限ラレテ居ルノデアルガ故ニ、コノ事項ニ付テ何等カノ欺罔手段ヲ講ジ金庫係員ヲシテ錯誤ニ陥ラシメタト云フノデアルナラバ、茲ニ詐欺ノ問題モ発生スルデアラウガ、全然調査スル権限モ義務モナイ事項ニ付テハ欺罔手段ノ施シ様ガナク又実際問題トシテモソノ様ナ欺罔手段ヲ弄シタコトハナイノデアル。

原判決ハ詐欺ノ事実ヲ認定スル前提トシテ上述ノ様ニ金庫係員ノ義務ノ範囲ヲ拡大シテ解釈シ更ニ進ンデ「右虚偽ノ支払命令、支払通知書ヲ恰カモ正当ナモノトシテ正当債主ニ対スル支払デアル旨装イ又装ハシメテコレヲ提出シタタメ、当該金庫係員ニ於テコレヲ正当ナ債主ニ対スル支払デアルモノト誤信シ、ソノ誤信ニ基キ該支払ヲ為シタ」ト結論シテ居ルノデアルガ、正当ナル債主ナリヤ否ヤ、支払通知書ガ作成サレルニ至ツタ経緯ヤ動機等ハ何レモ金庫係員ノ関知スルトコロデハナイノデアツテ、係員ハ専ラ形式的要件ノ備ツテ居ルコトヲ見テソノ持参人ニ金ヲ払渡シタダケノコトデアル。偽罔モナク錯誤モナイノデアル。コノ関係ニ対シテ詐欺罪ヲ以テ問擬スルコトハ甚シク当ヲ得ナイノデアル。

弁護人塚本助次郎の控訴趣意

第一点原判決は事実誤認の違法がある。即ち原判決では被告人村山勝次郎は同浅井秀男と互に意思相通じ共謀の上原審判決理由第一(一)(イ)(A)(1) (2) (B)及(ロ)(A)(1) (2) (B)並に(二)に記載した犯罪を犯したものであると判示し有罪の判決をした。然れども現に行はれつゝある石川県庁内部の職務掌程より看るときは被告人村山勝次郎の前記行為は犯罪ではないと確信する。寧ろ忠実な公吏の誠意ある仕事であると信ずる。何となれば被告人は課長補佐(次席)とし事務を鞅掌処理するが最終の意思決定権はない。独り課長のみ之を有する事は論を俟たない。殊に実行予算の組替へ又は流用の如きは如何に被告人が単独で行はんとしても夫れは事実上不能である。元来予算編成はその間頗る技術的な面があるもので例へば河川調査費の予算を査定するとき河川と謂へば石川県下百に余る沢山の河川が有り之の多数のものを一々査定計上することは極めて至難であり無益である。従つて代表的な著しい河川の名を上げて計上し河川調査の必要あるときはその代表的河川の名に於て経費を支出することに為すは敢て予算の流用の観念を容れない問題であつて実に斯様な事実に基ずいて編成して在るのである。されば之の問題の如きは当然に該当予算の支出に過ぎない。課長老田務は日頃実に口喧しい細々な点迄も注意の行届いた人で河港課全体に配付された予算は実に厳重であつた。否な寧ろ予算の支出は課長の命ずる処でその決済に依り監理課に廻し出納部を経て金庫から支払われるのである。課長の決済以前に問題の書類が一応下調べの意味で係から課長補佐の手許に回付されるが被告人の如き技師は技術方面の専門で会計予算等は全くの素人であり盲判を押すことが常識となつて居る。それで予算に関し其の道の専門家事務吏員浅井秀男が予算書を担当し常時課長の予算知識補佐をして居る。従つて斯く観じ来ると原判決は何を見て判決したのか解釈に苦しむのである。更に石川県より労務の有償提供を求められて労働した者は名義の如何を問わず使用者に対し其の労銀を請求し得るのは当然過ぎた当然である。中村憲弥が石川県に対し昭和二十四年九月廿一日二通の実動人夫賃を請求したこと、上田俊雄が同月廿四日人夫賃を請求したことは夫れ自態決して詐欺ではない。石川県の予算面よりすれば河原田川或は犀川見定地内の予算を勝手に引出したのは夫れは詐欺だと謂ふが甚だ常識を逸した誤判である。中村憲弥及び上田俊雄は石川県より特定の犀川地内の河川調査又は統制について有償労務提供の注文を受け其の注文通りの労務をなしたのであつて其の労務に対する報酬を請求した行為が何で詐欺となるか又他人を欺罔した事となろうか、元来予算面は何うなつて居るかは全く無関係の事で要は石川県が使用者として使用した実際に働いたものを貰へば其れが当然である。刑法第二百四十六条第二項に於て前項の方法を以て財産上不法利益を得又は他人をして得せしめたるもの亦同じと規定して居るが、扨て右中村憲弥、上田俊雄等の行為で其の取得した利益は不法の利益であろうか、勿論斯様な利益は不正不当のものでない事は万人の認める処である。之の正当行為を実行させる為めに石川県庁内部で其の請求書に相応した支払を為さしめる事は詐欺の共犯か、正に犯罪の観念を容れる余地がないであろう。たとい之の請求書記載の金額を支払うために県庁内部の如何なる予算から流用支出したからとて外部の中村、上田等を不正に利得せしめたことにならないであろう。要するに正当を保護した為め夫れが一連の不法になると云ふ訳はない。全く騙取或は詐欺と謂ふ観念は凡そ起らないと信ずる。而して尚三浦憲六、川谷孝一の両技師は中村、上田の作成すべき人夫賃請求書を虚偽作成し中村憲弥又は上田俊雄の印判を冒用したと謂い且つ其の請求書が正当なものと同人等は認証し之を被告人に於て確認の印を押捺し課長から監理課、副出納長を経て金庫より金員を支払はしめたといふ。然し前述の様に三浦憲六、川谷孝一等は事務分掌に依て独自に執務するものであり執務の指針は課長が与へて居る。被告人は其の間介在する趣旨のものでない。従つて三浦、川谷等が旨を受けて前記書類を偽作代書したとしても課長の命に依るものである。殊に被告人に於て認印を押捺したとあるが由来各官庁公署の次席の押す認印は真に確定的のものでなく単に書類を検閲した程度のもので所謂盲判である。課長の最後の確定的な印を押し之を執行するのである。(記録第二十八回被告人村山勝次郎の供述、証人上田俊雄の供述、証人中村憲弥の供述、証人三浦憲六の供述を援用する。)更に又米町川、於古川の予算の執行に当り下村与一の名義で川谷孝一、浅井秀男等に交付せしめて騙取したと云ふが其の書類は被告人として曾て見て居ないのみならず事務吏員浅井秀男は河港課内の接待費(事務連絡費)主管の職責あり又予算の流用は課長老田務の直接承認を受けて附随事務を処理して居るものであるから之には被告人村山勝次郎は全く関係がない。

以上の通りで本件問題の第一の責任者は課長老田務であり第二の責任者は配付された予算を直接支配する事務吏員浅井秀男である。被告人村山勝次郎の如きは実に剌身のツマの様なもので関係があつた様に見えるが実は無関係のものである。斯る事案を原審は形式的に捉はれ有罪と断じたるは甚しい事実の誤認であり従つて当然に破毀せらるべきものである。

第二点原審判決は擬律の錯誤がある違法の判決である。即ち先に述べた様に三浦憲六、川谷孝一及び浅井秀男等が代理作成した人夫賃請求書に其の権限に基ずいて事実相違ない旨の証明を為し之を被告人が確認の印を押捺の上真正に成立したものゝ様に装い、其の情を知らない監理課係員を通じ県副出納長及び石川県本金庫係員を欺罔して金員を交付せしめて之を騙取したと判示しておる。

然れども凡そ石川県知事は独立の公庁である。庁中処務細則に依つて各事務を部長、課長及びそれ以下の係員に分担せしめ然して諸般の事務を処理して居るものである。従つて部長、課長は勿論一属吏の職務上の行為と雖も其れが即ち知事の行為となる。従つて一属吏の行為も直ちに知事の行為と看做さるゝ以上、其の間欺罔騙取の観念の容れられないのは当然である。何となれば自分が自分を欺罔する事は有り得ないからである。尠くとも他人が欺罔し被欺罔者が之に基ずいて錯誤に陥つた事は詐欺の第一要件である。石川県知事の直接補助機関が石川県知事を欺罔すると云う事実は法律上之を認め得られ様か、尠くとも自分が自分を欺く事は不能であり又其れは欺いたにならない。例え一属吏が虚偽の公文書を作成する事があつても其れ事態詐欺ではない。之が業務上横領罪が成立する事のある事は格別であるが之あるが為其の行為を詐欺と看る事は全然擬律の錯誤である。元来人夫賃の請求があつて当該課が支出の査定をする時に其の労務が行はれた事を前提とし出動人員に比例した請求があり、之を係員の査定を経て課長の決済で実行予算の内から支払われるのである。其の支払いについて監理課或は出納長、石川県金庫等の数階段を経て支払われるけれど其の様な階段は茲に支払も為す要件ではない。要するに課長が知事の委任に基ずいて支出の意志決定をすれば足りるのである。又人夫賃請求書が提出された時係の属吏が内容を検討調査し其れに基ずいて順次課長補佐の認印を経、次で課長が最後に支出を命ずる決裁をするのである。之に依つて支払の事実が決定されるのでさて之の課長が支出の決裁をするのは課長が欺罔されて意志決定をしたのであろうか、云う迄もなく本件の事案は最初から課長自らが下僚に命じて本件行為を為し而も其の想定のもとに作成された人夫賃請求書であつて課長が本件に決裁したのは全部熟知の上で事実誤認のない事である。要するに課長自ら指揮命令して本件行為を為したものが何故石川県知事を詐欺した事にあたるのか、若し原審判示の如く欺罔したと云うならば被欺罔者は誰にあたるのか、而も被欺罔者は如何なる職務権限であり石川県知事の事務分掌では如何なる関係にあるのかの点を詳細に説明するに非ざれば、石川県知事を欺罔した事にはならない。殊に庁中処務細則の河港課長への事務分掌及び職務権限は如何であるか。この間の説明が充分なければならないのである。又被告人が予算支出の裁定書に課長補佐として認印を押捺した行為は即ち之を確認の印であると判示したが、其れは根本的に誤りがある。其の判を押したからと云うて夫れは単に一段階で確認のものではない。単に課長の事務遂行を補佐したに過ぎない。課長が夫れに決裁の判を押す事に依つて初めて成立するものである。斯る事柄を恰も被告人が確認の印を押した事に依つて人夫賃請求書が真正に成立したものに装い之に依つて管理課係員其の他を欺罔するの手段に供したと謂うのは甚しい法の解釈を誤つた判決であつて同判決は破棄せらるべきものであると信ずる。

最後に原審は河港課長老田務を無罪にしたのは被告人村山勝次郎等を強いて有罪と認定する証左ではないか、老田は課長として配付された予算を職務上行使する事の出来る権限ある者で廨長ではないが廨長同様の権限あり一方明瞭に知事の補助機関である。之を除かないでは詐欺の事実を認定し難いので之を除外したものであろう。原審記録に老田務が本件犯罪を犯した張本人であると云う事の記載は充満して居るにも係らず尽く其れを排斥して無罪としたのは含みある判決であるとは謂うものゝ老田の無罪は間違ない。被告人村山勝次郎を有罪にしたのは誤りであるから該判決を破棄されんことを求めるのである。

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